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自己破産を経験して25年。もう一度700万円の借金を作った理由とその後の人生

「自己破産なんて、人生が終わると思っていた。」
25年前、35歳だった私は、まさにその言葉の意味を噛み締めながら弁護士事務所のドアを開けました

借金の総額は約700万円。
原因はギャンブルでも投資でもなく、ただの浪費と油断でした。
毎月の支払いに追われ、返済のために借金を重ねる“自転車操業”。
いつしか「借金を返すために生きている」ような日々になっていました。

そんなある日、通帳の残高を見て現実を悟りました。
「もう、これ以上は無理だ」
その瞬間、心が静まり、同時にどこかで「終わりにしたい」という安堵すら感じたのを覚えています。

しかし、結論から言えば、**自己破産は“終わり”ではなく“再出発の制度”**でした。
弁護士に相談し、破産手続きを進める中で、初めて「やり直してもいい」と思えたのです。

この記事では、私が経験した25年前の自己破産と、その後の再出発の物語をお伝えします。
そして、再び700万円の借金を抱えた私が、どうやって立ち直ったのか。
同じように苦しむ方へ、「破産しても人生は終わらない」と伝えたいと思います。

目次

25年前の自己破産――あの頃の自分に何が起きたのか

35歳の頃、私は自分でも気づかないうちに、借金の沼にはまっていました。きっかけはほんの小さな浪費です。仕事のストレスを理由に、外食やちょっとした買い物で気分を紛らわせるうちに、クレジットカードの支払いが膨らみ、気づけばリボ払いが常態化していました。返済しても元金は減らず、支払いはほとんど利息ばかり。生活費が足りないときはキャッシングでつなぐ。そんな生活が何年も続いていたのです。

「あと少し頑張れば返せる」——そう信じていました。けれど、現実は違いました。月末になるたびに通帳の残高が底をつき、次の支払いが迫る。その繰り返しに疲れ果て、ついに「返せない」と感じた瞬間、すべての音が遠のいたように静まりました。あの時の絶望感は、今でもはっきり覚えています。

破産という言葉を初めて意識したのは、弁護士事務所のホームページを見たときでした。勇気を振り絞って電話をかけ、面談の予約を取ったとき、手は震えていました。しかし、弁護士に相談して初めて、「破産は人生の終わりではなく、再出発の制度です」と聞いた瞬間、肩の力が抜けました。

「この先、もう一度やり直せるかもしれない」——そう思えたのは、その日が初めてでした。

多重債務に陥ったきっかけと破産までの経緯

借金の始まりは、ほんのささいな気の緩みからでした。
「今月だけ」「ボーナスで返せばいい」——そう思って使ったクレジットカードが、私の生活を少しずつ狂わせていきました。仕事の付き合いでの外食、何となくの買い物、カード払いの便利さ。いつの間にか“現金を使わない生活”が当たり前になり、支出の感覚が麻痺していました。

最初にカードローンを利用したのは30代前半。急な出費を補うつもりでしたが、それがクセになり、複数の会社から借入をするようになります。返済日が毎月のように重なり、給料の大半が支払いに消える生活。延滞はしなかったものの、毎月の支払いをキャッシングでつなぐ“自転車操業”状態が続いていました。

当時の借金総額は約700万円。
金額だけ見れば破産しなくても何とかできそうに思えるかもしれません。
しかし、当時の私にとっては**「生活費も返済も足りない」状態**で、限界を超えていました。
返済しても残高は減らず、利息ばかりが膨らむ。
そんな現実を見ても、「まだ何とかなる」と自分に言い聞かせ、逃げるように日々を過ごしていました。

やがて、夜も眠れないほどのプレッシャーに押し潰され、心身が限界に達します。
「もう終わりにしたい」——そう思った瞬間に、ようやく弁護士への相談を決意しました。
それが、私の“破産までの最初の一歩”でした。

自己破産を決意した瞬間と当時の心境

弁護士に相談するまで、私は「自己破産」という言葉を“人生の終わり”のように感じていました。破産したら会社をクビになるのではないか、世間から白い目で見られるのではないか、そんな不安ばかりが頭をよぎっていました。しかし、現実にはすでに精神的にも生活的にも限界でした。夜は眠れず、食事ものどを通らない。支払い日が近づくたびに、胸の奥がざわつく——そんな毎日でした。

初めて弁護士事務所を訪れた日、私は何を話したかほとんど覚えていません。ただ、「もうどうしていいかわからない」という言葉だけが口をついて出ました。弁護士は私の話を最後まで黙って聞いたあと、穏やかにこう言いました。
「自己破産は“やり直すための制度”です。終わりではありません。」

その言葉を聞いた瞬間、涙が止まりませんでした。
初めて、誰かに「大丈夫です」と言われた気がしたのです。

破産を決意したのは、その面談の帰り道でした。
「もう恥ずかしいなんて言っていられない」「生き直すしかない」
そう思いながら、心のどこかでほっとしている自分もいました。
不思議なことに、“破産する”と決めた瞬間、ようやく呼吸ができるようになったのを覚えています

産手続きが完了するまでの現実と代償

破産手続きが始まってから、私の生活は一変しました。
まず、すべてのクレジットカードが使えなくなり、キャッシュレス生活が終わりました。これまで当然のようにカードで支払っていた日常が崩れ、現金だけで生活をやり繰りすることに戸惑いを感じました。しかし、その現金生活こそが、後に“お金の感覚を取り戻す”きっかけにもなります。

手続き中は、弁護士を通じて債権者へ通知(受任通知)が送られ、督促や取り立てが止まります。
長い間、電話や郵便に怯えていた私にとって、あの静けさは何よりも救いでした。
ただ、同時に「本当に破産してしまったのだ」という現実を突きつけられ、複雑な感情が入り混じっていました。

裁判所への申立てから免責が下りるまで、約半年。
通帳や資産状況の提出、管財人との面談など、精神的にも負担はありました。
けれども、手続きが進むごとに、少しずつ肩の荷が下りていくような感覚がありました。

免責許可が下りた日、私は深く息を吐きました。
「終わった」というよりも、「ようやくゼロに戻れた」——そんな静かな実感がありました。
破産は確かに痛みを伴いますが、それ以上に**“生き直すためのリセット”**だったのです。

自己破産後の生活|失ったものと得たもの

自己破産を終えた直後、私の生活はまるで別世界に放り込まれたようでした。クレジットカードはすべて使えず、ローンも組めない。携帯の分割購入も難しくなり、家を借りるときにも審査で断られることがありました。社会的信用を一度失うというのは、想像以上に現実的な制限を伴うものです。しかし同時に、私は“借金のない生活”という自由を手に入れました。

現金でしか生活できないことは最初こそ不便でしたが、使える金額が目に見えることで、無駄遣いが自然と減っていきました。クレジットカードの明細に怯えることもなく、給料日を迎えるたびに「今月は黒字だった」と小さく喜べるようになったのです。これまで“借金を返すために生きる”生活をしていた私にとって、これは大きな変化でした。

失ったのは信用やカードの便利さ、得たのは平穏と再出発の実感でした。破産によって社会的に何かを失ったというよりも、借金という鎖から解放されたと言った方が正確かもしれません。お金がないのに、不思議と心は軽くなっていました。

破産を経験して初めて、私は“お金に支配されない生き方”の意味を知ったのです。

信用情報が消えた10年間の現実

破産手続きが終わると、次に待っているのは「信用情報の喪失」です。いわゆるブラックリスト入りの状態で、金融機関の記録から自分の名前が“信用対象外”として扱われます。この期間は一般的に7〜10年ほど。つまり、クレジットカードもローンも使えず、分割払いや新しい借入も一切できません。

当時の私は、これを「社会的な罰」のように感じていました。友人と食事に行っても、カード払いができない自分がどこか惨めに思えて、現金払いを装いながら心の中では焦りを隠していました。しかしその不便さが、結果的には私を“浪費から守る壁”になってくれたのです。現金でしか生活できないという制限が、強制的に支出のバランス感覚を鍛えてくれました。

10年間のあいだ、私はキャッシュ生活を徹底しました。
給料日ごとに封筒で「食費」「光熱費」「生活費」と分け、残りを貯金箱に入れる。地味ではありますが、現金が減る感覚がリアルに伝わる生活は、むしろ安心感がありました。

カードのない不便さは確かにありました。
しかし、まだ当時は今のように「キャッシュレス」という言葉すらない時代だったので、特に問題なく生活できました。
そのことよりも、“借金がない”という事実が、何よりも心を安定させてくれたのです。

仕事・人間関係・お金の価値観の変化

自己破産をしてから、私の中で最も大きく変わったのは「お金への向き合い方」でした。破産前までは、仕事をする目的が“借金を返すため”でした。給料日が来ても支払いに消え、何も残らない。どれだけ働いても疲労だけが増え、心の余裕はどんどんなくなっていきました。

破産後は、返済に追われることがなくなり、ようやく「自分のために働く」という感覚を取り戻しました。仕事そのものへの集中力が増し、上司や同僚との関係にも変化がありました。以前の私は常に焦っており、ミスを恐れて余裕がなかったのです。しかし今は、落ち着いて物事に取り組めるようになり、結果として評価も少しずつ上がっていきました。

人間関係にも好影響がありました。借金を抱えていた頃は、心のどこかで劣等感を感じ、人と深く関わることを避けていました。破産によって肩の荷が下り、少しずつ笑えるようになったのです。

そして最も大きな変化は、「お金は信用ではなく、信頼を築くための道具」という気づきでした。
見栄のために使うお金ではなく、“安心して生きるために使うお金”へと、私の価値観は180度変わったのです。

破産を経て学んだ「生きるためのバランス感覚」

自己破産を経験して気づいたのは、「お金のある・なし」よりも大切なのは“心のバランス”だということでした。破産する前の私は、常に不安と焦りの中で生きていました。返済を優先し、自分の生活を削る。食費を抑え、睡眠を削り、健康さえも犠牲にしていたのです。しかし、破産を経て初めてわかりました。人は、安心して眠れることのほうが、何よりも価値があるということを。

お金がなくても、静かな夜に心配事がないだけで、生活は驚くほど穏やかになります。破産直後は確かに不便でしたが、その代わりに「身の丈に合った生活を続ける力」が身につきました。収入が少なくても、支出を把握し、必要なものだけを選ぶ。そんな当たり前の習慣が、結果的に再び人生を立て直す土台になったのです。

もしあのとき、無理をして借金を返し続けていたら、私は心を壊していたかもしれません。
破産によって救われたのは、経済だけでなく、自分の心と生活のリズムでした。

今は「お金=安心のための手段」として付き合うようにしています。
“節約する”でも“我慢する”でもなく、“生きやすくするための選択”をする——それが、破産から学んだ私の生き方です。

再び借金700万円――なぜ同じ道を歩んだのか

破産から10年以上が経ち、ようやく「普通の生活」を取り戻した頃、私は再び同じ過ちを犯してしまいました。もう二度と借金はしないと誓っていたはずなのに、気づけばまたカードを使い始め、借入が増えていったのです。原因は明確でした。“もう大丈夫”という油断と、心のどこかに残っていた浪費癖です。

破産の経験があるからこそ、「自分はもう失敗しない」と思い込んでいました。しかし、信用情報が回復して再びカードを持てるようになると、その便利さに慣れ、使うことへの抵抗が薄れていきました。小さな買い物や外食をカードで払い、気づけば支払い総額が給料を上回る。最初の頃の私は、「すぐに返せる」と高をくくっていました。

しかし現実は違いました。
月々の支払いが重なり、またもやキャッシングでつなぐようになり、気づいたときには借金総額700万円。あのときの悪夢が、再び形を変えて戻ってきたのです。

過去の苦しさを知っているはずなのに、また同じ道を歩んでしまった——その事実が何よりも情けなく、夜中に自分を責め続けました。
けれど、今回は逃げませんでした。
「このままでは、また終わる」と思い、私は再び弁護士のもとを訪れることを決意しました。

生活の油断と浪費の再発

自己破産を経て10年以上、現金中心の堅実な生活を続けていました。しかし、時間が経つにつれて、その緊張感は少しずつ薄れていきました。信用情報が回復し、久しぶりにクレジットカードを持てるようになったとき、私はどこかで「もう昔の自分とは違う」と思い込んでいました。

最初は本当に小さな支出でした。
ネット通販での買い物、外食、仕事の付き合い——どれも必要経費のように思えたのです。
ところが、カードの明細を見てもピンとこない。
“後払い”の仕組みが、支出の痛みを感じにくくさせていたのです。

ボーナス時期になると、「そのうちまとめて払える」と自分に言い訳をして、リボ払いを選択。
しかし、リボは「返しても元金が減らない」という構造的な落とし穴でした。
支払いを続けても借金はほとんど減らず、むしろ利息で増えていく一方。
それでも「まだ大丈夫」と思い込んでいた私は、まさに過去の自分と同じ状態に陥っていました。

生活の油断は、破産経験者であっても容赦なく訪れます。
「自分はもう大丈夫」と思った瞬間こそ、もっとも危険なのです。
私はそのことを、二度目の借金で痛感しました。

2度目の債務整理で気づいた「本当の再生」

再び借金が膨らみ、返済が滞り始めたころ、私はようやく現実を直視しました。
毎月の支払いに追われ、生活費を削る日々。リボ払いの利息が重なり、返済額のほとんどが利息に消える。
その繰り返しの中で、25年前の苦しさがフラッシュバックしました。
「また同じことをしている」——そう気づいた瞬間、言葉にできない絶望感に襲われました。

「今度こそ終わりだ」「二度も破産なんてあり得ない」。
そんな言葉が頭をよぎり、情けなさで胸がいっぱいになりました。
破産を経験した人間が、再び借金で苦しんでいる。
自分自身が信じられず、情けなさと恥ずかしさで押し潰されそうでした。

それでも、今回は逃げませんでした。
破産を経験していたからこそ、早めの行動が必要だと理解していたのです。
「このままでは本当に取り返しがつかない」——そう感じた私は、勇気を振り絞って再び弁護士事務所のドアを叩きました。

正直、電話をかける手は震えていました。
けれど、弁護士はあの日と同じように穏やかに話を聞いてくれました。
「同じ失敗を繰り返す人は珍しくありません。大事なのは、また向き合えたことです。」
その一言で、張り詰めていた心が少し緩んだのを覚えています。

現状を包み隠さず話すと、弁護士は冷静に収支を分析し、こう言いました。
「自己破産は厳しいですが、個人再生という選択肢があります。」
その言葉に、胸の奥で小さな光がともりました。

個人再生とは、借金の一部を減額しながら3〜5年で返済を続ける制度です。
破産のようにすべてを失うわけではなく、生活を維持しながら立て直す仕組み。
最初は半信半疑でしたが、シミュレーションを見せてもらうと、
総額700万円の借金が約150万円まで圧縮できる可能性があると知りました。

「もう一度、ちゃんと返したい」——その思いが、再び私を立ち上がらせました。
二度目の債務整理を決断することは、正直言えば恥ずかしくもあり、怖くもありました。
けれど、行動した瞬間から心が軽くなったのです。

私はこの経験を通じて、痛感しました。
再相談は“敗北”ではありません。
そして、債務整理は“逃げ”でもありません。
それは、再び自分の人生と向き合うための「再生の入り口」なのです。

自己破産を経験して25年後、今だから伝えたいこと

25年前、私は自己破産という決断をしました。
700万円の借金を抱え、精神的にも生活的にも限界を迎えていたからです。
破産した瞬間、すべてが終わったように思いました。
「もう立ち直れない」「自分の人生は失敗した」——そう感じていたあの頃の私に、今の私はこう伝えたい。

破産も失敗も、人生の終わりではありません。むしろ“立ち止まるためのチャンス”です。

あの当時、私は自分を責め続けていました。
借金を作った自分が情けなくて、誰にも相談できず、心の中では「生きている意味があるのか」とまで思い詰めていました。
しかし、今振り返ると、あの絶望の中でたった一つだけ正しかったことがあります。
それは、「助けを求めた」という行動です。

初めて弁護士に相談した日、私はようやく現実を“自分の言葉で”話すことができました。
そして、「破産しても仕事は続けられる」「生活は立て直せる」と知ったのです。
社会的信用は一時的に失っても、人としての価値は失われませんでした。
むしろ、破産を通じて学んだ“お金の怖さ”と“人の温かさ”は、私にとって何よりも大切な財産になりました。

その後、再び借金に苦しみ、もう一度債務整理を行いました。
二度目の挑戦は情けなさと恐怖の連続でしたが、あのときとは違い、私は逃げませんでした。
自分の現実を受け止め、行動することを選んだからです。
弁護士に再び相談したとき、
「同じ失敗を繰り返す人は珍しくありません。大事なのは、また向き合えたことです。」
そう言われた言葉に、心が救われました。

私はこの25年間を通じて学びました。
人は何度でもやり直せる。どんなに失敗しても、自分の人生の主導権を取り戻すことができる。
そのために必要なのは、少しの勇気と、行動する覚悟だけです。

長い間、私は「借金=恥」と思い込んでいました。
破産したことを隠し、他人に知られることを何よりも恐れていました。
けれど、今でははっきり言えます。
恥ずかしいのは“借金をすること”ではなく、“何もせずに苦しみ続けること”です。

借金は人生の終わりではなく、人生を立て直すための転機です。
破産や債務整理は“逃げ”ではありません。
現実を受け止め、再び歩き出すための「再生の仕組み」です。

弁護士や支援団体の方々は、皆こう言います。
「借金は病気のようなもの。早く治療すれば回復できる」と。
その言葉にどれほど救われたか、今でも忘れられません。

もし、今あなたが同じように苦しみ、「恥ずかしい」と感じているなら、どうか自分を責めないでください。
助けを求めた瞬間から、再生は始まります。
私がそうだったように、あなたもきっとやり直せます。
どんなに時間がかかっても、行動した人だけが“もう一度生き直す力”を手にできるのです。

まとめ|失敗の先にこそ「再出発の力」がある

借金や破産という現実を経験して、ようやく気づいたことがあります。
それは、失敗は人生を終わらせるものではなく、人生を見直すきっかけになるということです。
私は25年前に自己破産を経験し、もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓いました。
それでも再び借金を抱え、二度目の債務整理を経験しました。
情けなくて、恥ずかしくて、自分を責め続けた時期もあります。
けれど、そこから再び立ち上がれたのは、「行動をやめなかった」からです。

債務整理は、逃げでも甘えでもありません。
破産も、任意整理も、個人再生も、どれも“再出発するための制度”です。
私はそれを、身をもって実感しました。
借金の額や年齢は関係ありません。
本当に大切なのは、**「いまの自分をどう変えたいか」**という意志です。

25年前の自分は、破産を「人生の終わり」だと思っていました。
しかし今は、あの経験があったからこそ、再び立ち直れたと言えます。
一度転んでも、人は何度でもやり直せる。
それを証明できたのが、この25年という時間でした。

もしあなたが今、借金や支払いに苦しみ、どうにもならないと感じているなら——
どうか、今日という日を「再出発の日」にしてください。
助けを求める勇気が、あなたの人生を変えます。
失敗の先にこそ、“本当の再生”がある。
私はその証拠として、ここにこうして生きています。

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