700万円という借金額を前にして、
「債務整理を考えるのは大げさなのではないか」
そんな気持ちが頭をよぎり、立ち止まってしまったことがあります。
実際に誰かから責められたわけではありません。
否定された事実もありません。
それでも、
「そう思われる気がする」
ただそれだけで、判断が止まってしまう。
この記事は、
債務整理を勧めるためのものでも、
正解を示すためのものでもありません。
700万円という数字を前にして、
なぜこんなにも迷ってしまったのか。
その理由を、
自分の思考をたどるように整理していく文章です。
700万の借金は「大したことない」と言われる気がしてしまう理由
家は数千万、車も数百万という“比較の物差し”が頭に浮かぶ
700万円という数字を見たとき、
なぜか頭の中に浮かんでくるものがあります。
それは、住宅ローンや車のローンといった、
「もっと大きな金額」の存在です。
家は数千万円。
車だって数百万円する。
そう考えると、
700万円という借金が、
相対的に「小さく見えてしまう」瞬間があります。
もちろん、
誰かにそう言われたわけではありません。
実際に比較された事実もありません。
それでも、
比較の物差しだけが勝手に頭に浮かび、
自分の判断を曇らせてしまうことがあります。
何も言われていないのに、先回りして自分を責めてしまう
「700万で債務整理なんて」
「それくらいで音を上げるのか」
そうした言葉を、
誰かから直接投げかけられたわけではありません。
現実には、
誰も何も言っていない。
それなのに、
まるで言われる前提でいるような感覚になる。
自分の中で、
想像上の世間の声を作り出し、
その声に先回りして、
自分を責めてしまう。
この時点で起きているのは、
他人との衝突ではありません。
自分の頭の中で完結している出来事です。
当時の私は、
制度を比較する以前に、
「この金額で相談していいのか」
というところで止まっていました。
大げさだと思われないか。
怒られないか。
そもそも相手にされないのではないか。
今振り返ると、
問題は金額ではなく、
相談すること自体への不安でした。
同じように立ち止まっている方へ、
私が実際に感じていた
「相談前の怖さ」について、
こちらにまとめています。

なぜ700万でも生活が回らなくなるのか
問題は総額ではなく、毎月の支払い構造
借金が苦しくなる理由は、
金額そのものではありません。
多くの場合、
毎月の支払い構造にあります。
・返済額が収入に対して高すぎる
・利息が大きく、元金が減らない
・複数の支払いが重なっている
こうした状態が続くと、
数字としては「700万」であっても、
生活は簡単に崩れます。
ここには、
「大きいか小さいか」という評価軸は存在しません。
あるのは、
回るか、回らないかという構造だけです。
突然の出費を想定できない状態が続く怖さ
生活が苦しくなってくると、
予測できない出費が、
一気に重く感じられるようになります。
家電の故障。
医療費。
冠婚葬祭。
こうしたものは、
誰の生活にも起こり得ます。
しかし、
返済で余裕が削られている状態では、
それを「想定できない」こと自体が、
大きな負担になります。
この怖さは、
借金総額の大小とは関係ありません。
余白がない構造そのものが問題になります。
それでも「まだ大丈夫なはずだ」と思い込もうとしてしまう
「借金はこれくらいなら普通」という世間イメージ
どこから来たのか分からない、
「これくらいなら普通」という感覚。
それが、
判断を引き延ばす理由になることがあります。
住宅ローンと比べる。
周囲の話を思い出す。
ニュースの数字を見る。
そうやって、
自分の状況を、
見えない誰かの基準に当てはめようとする。
しかし、
その基準は、
自分の生活とは何の関係もありません。
他人の声ではなく、自分の中の声に縛られている
改めて振り返ると、
縛っているのは他人ではありません。
自分の中にある声です。
・こう思われるかもしれない
・変だと思われるかもしれない
・弱いと思われるかもしれない
すべて、
「かもしれない」でしかありません。
確定した事実は一つもない。
それでも、
その想像が、
判断を止めてしまうことがあります。
債務整理を考える基準は「評価」ではなく「継続性」
金額ではなく、生活が続けられるかで考える
本来、
考えるべきなのは、
評価ではありません。
・この支払いを、半年後も続けられるか
・予想外の出費があっても崩れないか
・今の生活が、現実的に維持できるか
これらは、
数字ではなく、
構造の問題です。
700万かどうかは、
本質ではありません。
想像上の世間体が判断を鈍らせる
判断を難しくしているのは、
状況そのものよりも、
「どう見られるか」という想像です。
しかし、
その世間体は、
現実には存在していません。
存在しているのは、
自分の生活と、
自分の頭の中の他人だけです。
まとめ|借金は誰かに見せるものではない
借金は、
誰かに評価されるためのものではありません。
判断基準は、
常に自分の生活です。
他人は、
実際には見ていません。
見ているのは、
自分の頭の中にいる他人です。
そのことに気づくだけで、
思考の霧は、
少しだけ晴れます。
答えを出す必要はありません。
ただ、
「何が判断を止めていたのか」を
整理できれば、それで十分です。

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